不正咬合の種類(4)開咬
Q1:開咬とはどのような不正咬合ですか?
「オープンバイト」とも言いますが、歯をかみ合わせた時に上下の前歯の間にすき間ができて、奥歯でしか物が噛めない不正咬合です。通常は前歯に見られますが左右どちらか、又は左右両方の奥歯が噛めない症状(臼歯部開咬)の方もいます(図1、2)。
図1 前歯部の開咬
図2 臼歯部の開咬(側面)
Q2:開咬にはどのような弊害がありますか?
① 前歯で物が噛み切れない
② 奥歯でしか噛めないため歯がすり減り、負担がかかることで奥歯の寿命が短くなる。
③ 発音(サ行、タ行など)に影響が出る。舌足らずな発音になる。
などの弊害があります。
Q3:開咬の原因は何ですか?
骨格や筋肉など遺伝的な原因と、舌や唇の使い方、習慣や癖による原因があります。この二つの原因が両方あると治療は非常に困難になります。顎関節の異常が原因の場合もあります。
① 骨格による原因:開咬になりやすい骨格とそれとは逆の「過蓋咬合」になりやすい骨格があります。これは遺伝的な要因が強く、骨格そのものを治すことはできません。開咬の人はもともと前歯で噛むための筋肉が弱い傾向にあります。(図3、4)
② 癖や習慣による原因:指しゃぶりやおしゃぶりの長期利用により前歯がかみ合わなくなることがあります。指しゃぶりがなくても上下の前歯を舌で押す癖(舌突出癖)や口呼吸によって、常に舌が下の歯を押している状態(低位舌)は多くの開咬の人に見られる特徴です。
一度開咬になってしまうとその隙間に舌や唇が入り込む癖が発生して、症状が悪化することがあります。前歯ではなく奥歯で舌を噛む癖がある人や、お口の大きさに対して舌が大きすぎる人などでは臼歯部開咬が起こりやすいようです。又、正しい食べ物の飲み方ができない異常嚥下癖も開咬の原因になります。(図5、6、7 )
最近ではアレルギー性鼻炎から口呼吸になり、それが原因で開咬になったと思われる患者さんを多く見かけます。このような方の場合は、耳鼻科に通院して鼻の症状を治してから矯正治療を開始することをお勧めしています。骨格や機能的な問題両方が大きすぎる場合は、外科矯正による治療が必要になります。
図3 開咬になりやすい骨格
図4 開咬になりにくい骨格
※下顎の形の違いに注目
図5 舌突出癖(飲み込むたびに舌が上下の前歯を押す癖)
図6 低位舌(常に舌が下顎の歯と接して歯を押している)
図7 正しい嚥下と異常嚥下
Q4:どのような治療をしますか?
開咬の原因の多くは舌の癖ですので年齢に関係なく、まずは正しい舌の使い方を覚える筋機能訓練を行います。必要があれば舌だけではなく唇の訓練を行うこともあります。癖を治すのは簡単ではありませんので、患者さん自身に頑張ってもらう必要があります。
その後お子さんの場合は成長があるため、第2大臼歯が生えてくるまで経過を観察します。なかなか癖が治らない場合は習癖除去装置(図9)を使うこともあります。
大人の方の場合はマルチブラケット装置で治療を行いますが、親知らずなどの抜歯が必要になることが多く、
治療中は顎間ゴム(図10)を必ず使用してもらいます。骨格にも問題のある場合は矯正用インプラント(TAD、図11)を併用することもあります。
図9 習癖除去装置タングクリブ
図10顎間ゴム
図11 矯正用インプラント
舌の癖が治らないと、いったんよくなっても成長中に再発しやすく、マルチブラケット装置で歯を動かすときに舌が邪魔をして動かない場合があります。又、保定中に開咬が再発することもあるため、治療が最も難しい不正咬合の一つです。
不正咬合の種類(3)上顎前突
Q:上顎前突(じょうがくぜんとつ)とは、どのような歯並びの状態のことでしょうか?
奥歯で嚙んだ時に上の歯が下の歯よりも前にある状態、いわゆる「出っ歯」のことです。
上顎前突はいろいろな要因によって分類することができますが、
①上あごが大きすぎるタイプ
②下顎が大きすぎるタイプ
③骨格に問題はないが歯だけが前に出ているタイプ
に分けることができます。
成長期のお子さんの場合は、どのタイプに属するかによって治療方法が変わってきます。
これから成長によって下の顎が大きくなるため、治療効果が得られれば歯並びだけでなく骨格的な変化が期待できます。
大人の場合は成長がないため、主に上の前歯を後ろに引っ込めることで出っ歯を治していきます。
Q:そのままにしておくとどのような弊害がありますか?
一番の弊害は見た目が悪いことですが、それ以外にも一般的に以下のような悪影響があるといわれています。
・ ぶつけたときに歯が欠けたり折れやすい
・ 発音(特にさ行)がしづらい。
・ 口が閉じづらいため口呼吸の原因になる。また、食べ物が食べづらく、こぼしやすい
・ 前歯で噛めないので、奥歯ばかりで噛むようになり、奥歯がすり減る。
Q:原因は何ですか?
上顎前突になる主な原因は①遺伝的なものと②後天的なものに分けることができます。
① 遺伝的な理由
骨格的に上の顎(あご)が大きい、下の顎(あご)が小さいなど、子供の顔が親に似るのと同じ理由で、出っ歯になりやすい方がいらっしゃいます。
② 後天的な理由
指しゃぶり。鉛筆やタオルなどを噛む。下唇を噛む。うつ伏せで寝る。口がぽかんとあいている。など、様々な癖が原因で上顎前突になることがあります。又、クラリネットやサックスなどの管楽器が原因で前歯が出ることもあります。
一般的には①と②の両方が重なると症状は重くなる傾向にあります。
Q:治療方法にはどのようなものがありますか?
成長のあるお子さんと成長のない大人の方で治療方法が違います(図1)。成長がある場合はできるだけ骨格の問題を改善するような治療方法を試してみますが、残念ながらすべての方がうまくいくわけではありません。効果があまりない場合は、成長終了後に大人と同じ治療を行います。
子供と大人共通する治療方法の一つは前述した、出っ歯の原因になっている癖を治すことです。簡単ではありませんが、原因を取り除かないと、予想した治療結果が得られなかったり、治った後に再発することがあります。
図1 上顎前突の治療法
稀ですが、極端に下顎が小さかったり、顎の関節の発育がひどく悪い場合などは外科矯正(手術)をしないと治らないケースもあります。
Q:どのような装置を使いますか?
第1期治療では、ヘッドギア(図2)で上顎の成長を抑制したり、バイオネーター(図3)のようなファンクショナルアプライアンスを用いて下顎の成長を促進します。しっかり使用できればある程度の効果は期待できますが、すべての人がうまくいくわけではありません。
大人の場合は上下の顎の位置関係に問題があったり、歯の位置に問題があったりする場合は永久歯を何本か抜いてスペースを作り、エッジワイズ装置を使用して(図4)上の前歯を後ろに下げて治療します。
まとめると、成長のあるうちは習癖などの上顎前突の原因を取り除き、上下顎骨の位置関係改善のできる装置を使用して治療を行い、永久歯が生え揃い、顎の成長がある程度すすんだら抜歯が必要かどうか判断して、すべての歯を並べる治療(第2期治療)を行います。
図2 ヘッドギア
図3 バイオネーター
図4 エッジワイズ装置
矯正治療中の歯磨き方法
清掃器具
普通のハブラシ(図1)
基本的にはこの歯ブラシを全体のブラッシングに使用します。細かい部分には歯ブラシの角の部分(写真○印)を使用します。硬い毛のものは耐久性がいいのですが、強く磨きすぎると歯肉を痛める可能性が高いので、少し柔らかい毛のものがお勧めです。
図1) 丸印のところ。かかと。
矯正用のハブラシ(図2)
普通の歯ブラシは毛の断面が平面なのに対して、この歯ブラシの断面は山型になっていますのでブラケットの周りやその他の装置の細かい部分のブラッシングに適しています。
図2) 矯正用歯ブラシ
タフトブラシ(図3)
特に細かい部分のブラッシンブに有効です。広い面積を磨くには適していませんが、歯ブラシでは届かない部分をピンポイントで磨けます。
図3) タフトブラシ
ブラッシング方法
矯正の装置(ブラケット)が歯に付くと、普段どおりのブラッシングではなかなかうまく食べ残しを取り除くことができません。今回は基本的なブラッシング方法を紹介します。
装置のついていない状態でのブラッシングの基本は、歯に対して直角に歯ブラシを当てて前後左右に動かします。ところが、矯正治療中はこの方法ではブラケットやワイヤーが邪魔をしてハブラシが歯に届かなくなるので、ハブラシを歯に当てる角度を工夫しながら、ブラッシングする必要があります。(図4、5)
図4) 上からのハブラシの当て方
図5)下からのハブラシの当て方
汚れが溜まりやすいブラケットの周りはブラケットの「上」「下」「右」「左」と、4方向からハブラシを当てる角度を変えて磨く必要があります。
図3,4のようにブラケットの上下から磨いたら今度は、横の部分を磨いていきます。ここを磨くにはハブラシの角の部分を使います。
図6) 横からのハブラシの当て方
3、4本の歯を一度に磨こうとすると、歯と歯の間のやわらかい歯茎を傷つけてしまうことがあるため、この方法ですべての歯を1歯ずつ磨いてください。この方法で、どうしてもうまく磨けないときは、下の写真のような「タフトブラシ」や「歯間ブラシ」を最後の仕上げとして使うと、よりきれいに磨くことが出来ます。
タフトブラシの使用例
よく電動歯ブラシを使用した方が良いかどうか質問がありますが、どちらでも良いと思います。使いやすい器具が一番なので、これまで電動歯ブラシを使っていた方はそのままご利用いただくといいと思います。
初めは自分がどこを磨いているかわからないと思いますので、必ず鏡の前で磨いてください。奥の方はそれでも見えないので、自分がどこを磨いているか感覚で覚えていくことが必要になります。当医院で磨き残しがあるところを指摘しますので、どうすれば磨きやすいかいろいろ工夫してみてください。
大きく口を開けすぎると、頬っぺたや唇が邪魔になる場合がありますので、口の周りの筋肉をリラックスさせると磨きやすいと思います。歯が小さい人や、お口が小さくて開きにくい人は小さな歯ブラシや「タフトブラシ」「歯間ブラシ」を併用するといいでしょう。
ある患者さんの話ですが、矯正治療を始めてから体重が減ったそうです。御飯が食べられなくて痩せたのかと心配しましたが、実は食後の歯磨きが面倒なので、間食でお菓子を食べなくなり、おかげでダイエットができたと喜んでいました。この方は、食べたら必ず磨くことを自分のルールとしてきっちり守ったので、お菓子を食べる頻度を減らすことができたわけです。
重要なのは清掃器具よりも正しい磨き方(歯ブラシが装置に邪魔されずに歯面や歯茎に届いているかどうか)、そして磨く習慣が身についているかどうかです。初めから完璧にできる方はいませんので、いろいろな方法を試して自分が続けやすい方法を見つけてください。
矯正治療に伴う一般的なリスクや副作用について
新型コロナウィルスの流行はいまだに収束しませんが、昨年の今頃と比べるとかなり日常生活に変化が出てきました。皆さんの中にはワクチン接種を終えた方も多くいらっしゃるかと思いますが、ワクチン接種前に「副反応」「副作用」という言葉をよく耳にしたと思います。副作用の定義は「医薬品の使用、あるいは医療的処置に伴って生じた、治療者や患者が望んでいない作用全般のこと」です。
矯正治療も医療行為ですので残念ながら「副作用」が起る可能性があります。矯正治療に伴う副作用についてはこれまでに論文等で様々な報告があり、どこまでが副作用なのかを判断することも意見が分かれるところで、すべてを紹介するのは困難です
今回は院長が所属する「日本矯正歯科学会」のガイドラインに記載された項目を参考に一般的な副作用とリスクについて説明します。
矯正治療に伴うリスクと副作用
- 矯正治療は一度治療を開始すると、元の状態に戻すことはほぼ不可能です。
- 治療開始当初は、矯正装置による違和感や口内炎、歯の移動による痛み等があります。裏側に装置が付いた場合は舌の違和感があり、しゃべりにくくなります。(痛みの強さや持続期間には個人差があります。しゃべりにくさもほとんどの場合1か月程度で慣れます)
- 歯の動き方には個人差があり、予想された治療期間が延長する可能性があります。特に永久歯が生えそろっていない混合歯列期、思春期成長前の場合、治療期間を予測することは困難です。
- 治療によって嚙む位置が変化することがあります。(顎位の変化)違和感がありますが、新しくなった噛む位置に慣れる必要があります。また、顎位の変化が大きい場合は、治療期間が延長や、治療計画を変更する可能性があります。
- 指しゃぶりや舌の癖、唇をかむ癖など、不正咬合の原因になっている癖が治らないと、症状が改善できないことがあります。(後戻りの原因にもなります)
- 装置や顎間ゴムの使用状況、定期な通院など患者自身の協力度も治療結果や治療期間に影響します。(協力度が低いと治療期間が延長します)
- 治療中は装置の影響で歯が磨きにくくなり、虫歯や歯周病のリスクが高まります。(丁寧なブラッシングと一般歯科医院での定期的なメンテナンスによってリスクが軽減されます。)
- 治療中に歯の移動により隠れていた虫歯が見つかることがあります。
- 装置を誤飲することがあります。
- 治療途中に金属アレルギーの症状が出ることがあります。
- 歯の移動により歯の神経が障害を受けることがあります(歯髄壊死)
- 歯根と骨がくっついて、歯が動かない状態になることがある。(アンキローシス)(過去にぶつけた歯や、骨の中に埋まっていた歯などで起こりやすく、治療中に突然起こることもあります。原因は不明で事前にレントゲンやCTを撮影してもわかりません)凸凹がたくさんある場合は、元々歯を支えている骨量が少ないため、できやすい。写真のように歯の概形が三角形の人は特にできやすい。※9~12はかなり稀で経験上発生率は1%未満です。
- 歯の移動により歯の根が短くなることがあります。(歯根吸収)
- 歯茎が下がって歯根が見えるようになることがあります(ブラックトライアングル)
- 治療中に顎関節症状(音がする、痛みがある、口が開けにくいなど)がでることがあります。(治療前にこのような症状がある場合は悪化するリスクが高くなります。顎関節は原因が一つだけではないので、矯正治療によって歯並びがよくなっても治るわけではありません。思春期に起こりやすいのですが、顎の成長が止まると症状が消失すること多いため経過観察が必要です)
- 歯の形を変えたり、噛み合わせをよくしたりするために歯の一部を削ることがあります。
- 装置を外す際に、歯の表面に微小な傷や亀裂ができたり、被せたり詰めてあった材料(修復物や補綴物)が破損したりすることがあります。歯磨きが不十分な場合は装置の周りに変色や虫歯が見つかることがあります。
- 装置除去後に、きれいになった歯並びに合わせて被せものや詰めものをやり直す場合があります。(歯冠修復、補綴)
- 装置除去後は一定期間、保定装置(リテーナー)を使用しないと後戻り(凸凹や隙間などができて、歯並びが悪くなる)が生じるため、保定期間中(2~3年)も定期的に来院して指示通り装置を使用する必要があります。
- 未成年者で治療後に成長がある場合や、親知らず(第3大臼歯)の萌出により、噛み合わせや歯並びに変化が生じる可能性があります。
- 保定期間終了後も歯の喪失や歯周病、顎関節症の悪化、口腔周囲習癖(指しゃぶりなど)などがあると、かみ合わせや歯並びが変化する可能性があります。
- 加齢により少しずつ歯がすり減り、歯を支えている骨や歯肉の減少が進行するため、矯正治療経験の有無にかかわらず歯並びは生涯を通して徐々に変化していきます。
不正咬合の種類(2)叢生
前回に引き続き、基本的な歯並びについての説明をQ&A形式で説明していきたいと思います。
Q:叢生(そうせい)とは、どのような歯並びの状態のことでしょうか?
一般的には乱杭歯と呼ばれており、歯並びに連続性がなく、前後左右にデコボコしている状態のことを叢生と呼んでいます。
歯の大きさに比べてアゴが小さいことが要因でこのような状態に歯が並んでいます。(図1,2,3)
いわゆる八重歯も叢生に分類されます。(図4)
図1 叢生歯列(前から)
図2 叢生歯列(上アゴ)
図3 叢生歯列(下アゴ)
図4 八重歯
Q:叢生をそのままにしておくとどのような弊害がありますか?
見た目が悪いことが一番の短所ですが、それ以外にも食べかすがたまりやすくなり、正常な歯並びに比べて、虫歯や歯周病になりやすい状態だと言えます。
また、そもそもしっかり上下の歯がかみ合っていないことが多いのですが、デコボコ部分だけが強く当たって、歯が磨り減ったり、歯の根っこがダメージを受けて短くなったりすることもあります。
Q:どのような治療方法がありますか?
乳歯が残っていてこれから大きく顎が成長するお子さんと成人とでは治療方法が違います。これから永久歯に生え変わる場合はアゴの幅を広げたり、奥歯を後ろに移動させたりして歯が並ぶスペースを作ります。
その後、顎の成長と歯の生え変わりを待ってどうなるか経過を観察します。成人の方やすべて永久歯に生え変わった中学生以上のお子さんの場合は、デコボコの量や全体的なかみ合わせや骨格を考慮して、同様な治療を行うか、永久歯の数本を抜歯するかの判断をし、マルチブラケット装置で治療を行います。
経過観察が終了したお子さんも必要があれば抜歯を行い、同様に治療を行います。
図5 マルチブラケット装置
Q:具体的にどのような装置を使いますか?
図6はアゴの幅を広げる装置で、取り外しができるタイプのものです。これ以外にもいろいろなタイプがありますが(図10,11)、このような装置でまずアゴの幅を広げて歯が並ぶスペースを確保してから、今度は「ブラケット」という金具を歯に接着して細い針金を調整してデコボコを治していきます(図7,8,9)。